『夜明け告げるルーのうた』感想:全編Flashと『歌うたいのバラッド』の衝撃

星島てる
アニメ好きの20代。ライターで生活費を稼ぎながら、アニメ聖地の旅に出ている者です。アニメ作品の視聴数は600作品以上。

今回は『夜明け告げるルーのうた』について語ってみる。

『夜明け告げるルーのうた』はサイエンスSARUのアニメオリジナル作品で、2017年に公開された。

監督は湯浅政明が担当している。

目次

『夜明け告げるルーのうた』の評価

※ネタバレ注意!

作画97点
世界観・設定・企画92点
ストーリー92点
演出93点
キャラ90点
音楽97点
※個人的な評価です

作画

本作は全編Flashということなのだが、Flashとは思えないぐらいの手描きアニメらしい作画だった。アヌシーでクリスタル賞を受賞するのも十分理解できるクオリティだ。キャラクターの動きは自然でありながら、アニメにしかできない動きばかり取り入れている。水の描写も妥協なし。極め付けはダンスのシーンで、Flashだから線の安定性が抜群で、これまでの湯浅作品の中でもポップな動きになっていると感じる。

世界観・設定・企画

本作の舞台は京都の伊根。伊根と言えば伊根の舟屋が有名で、知る人ぞ知る観光地だ。そんな伊根を舞台に、人魚伝説と音楽をミックスさせたのが本作である。アートアニメーションとしたアヌシーに出品していることもあり、老若男女向けに制作されているのもよく分かる。

もちろん、メッセージ性も強く、『マインド・ゲーム』や『四畳半神話大系』から通ずる「マインド」や「責任の所在」に近いメッセージがある。「他人の目を気にせず、自分のやりたいようにやれ」みたいなのが本作のテーマだろうか。

ストーリー

一応、尺は2時間弱と割と長め。だが、体感としてはあっという間に終わる。本作は、やはり序盤の掴みのところが最高で、ここで一気に作品の世界観に引き込まれる。また、ストーリーそのものは割と悲しめだが、全体としては極めて楽しく作られているので、少なくとも僕は、悲しい気持ちになることがなかった。

演出

アニメーションにしかできない演出だらけ。パースを効かせた大胆な構図って、Flashで作れるんだなぁ。

序盤のOPの演出は鳥肌が立ったし、カイが『歌うたいのバラッド』を歌うシーンの画面構成もエモかった。水の描写は言うまでもなく素晴らしい。全体的に、音楽をフル活用しているのがポイント。湯浅作品の中でも、これほど音楽を全面に押し出しているのも、おそらく珍しい。

キャラ

どのキャラクターもいい感じに性格が悪いところが出ていて、それが人間味を作り出している。本作の肝は『マインド・ゲーム』に通ずる部分があって、変化を恐れずに自分のマインドを信じられる人と、そうでない人に二分している。そして、YouTubeに匿名投稿していた主人公のカイは、自分を信じられない人だった。それが物語を通じて、自分を信じられるようになる。同時に、街全体が主体的に動いていくようになる。

一見すると、人魚活用派の人間は自然破壊を象徴しているように思えるが、作品全体を通してみると、環境破壊とかをテーマの主軸に据えているわけではなさそうだ(ゼロではないと思うけど)。

音楽

音楽をテーマにしているだけあって、音楽は最高だった。

特に印象的なのはOPと終盤の『歌うたいのバラッド』のシーン。OPのワクワク感は最高で、主要スタッフのクレジットが出る映像は『ピンポン』のOPのようなワクワク感があった。ここで一気に作品の世界観に引きずり込まれた。ルーのボーカルだと思われるVoxのアレンジが秀逸。

一方で終盤で描かれたカイVerの『歌うたいのバラッド』は、映像の演出も相まって、非常に感動的なものになった。こうやって挿入歌が用いられる際、音楽と映像が分離して冷めることがあるのだけど、この『歌うたいのバラッド』の映像とのシンクロ率は凄まじいものがあった。カイが歌っていることに、大きな意味がある。

『夜明け告げるルーのうた』の感想

※ネタバレ注意!

大衆的な湯浅作品

本作が公開されるまでの湯浅作品と言えば『マインド・ゲーム』や『カイバ』や『ピンポン』や『四畳半神話大系』が挙げられるが、これらの作品はいずれも「見る人を選ぶ」と言われていた。僕もそう思う。やはりどの作品も「大人向け」でファミリーには向かないし、映像として画が非常に独特だから、若い子にも刺さりづらい。結果として、アニメオタクや教養のある人しか見ない作品になっていると感じる。

一方で今回の『夜明け告げるルーのうた』は、まず間違いなく老若男女が楽しめる作品だ。作品の世界観的に『崖の上のポニョ』と比較されることが多いが、多分『夜明け告げるルーのうた』の方が、10代や20代の若者は楽しめるのではないだろうか。

ということで個人的に本作は、湯浅作品の中でも他人に勧めやすい。1本の映画で終わるし、超名曲の『歌うたいのバラッド』が文句のしようがない演出で採用されているので、若者ウケがいいと思うし、多分大衆にも刺さりやすい。

全編Flash制作の衝撃

一応、前情報として『夜明け告げるルーのうた』が全編Flashで制作されているのは知っていた。そもそもサイエンスSARUは、Flashを用いることで新たなアニメ制作プロセスのあり方を模索するために設立されたアニメスタジオだと僕は理解している。

それで、改めて本作を視聴してみると、「これ、本当に全編Flash?」と思わされるほど、手描きアニメに近い雰囲気を持っていた。たしかにFlashじゃないと出来なさそうなシーン(ダンスなど)は見受けられたが、それ以外のシーンは、手描きアニメっぽかった。

でもやっぱり本作は全編Flash制作らしい。もし制作費が一般的なアニメ映画と同水準または低いのだとしたら、作業効率の改善という意味で、本作は成功していると言える。Wikipediaによると、本作を制作するにあたって、サイエンスSARUは週休2日制・残業なしを実現したらしい……。

変化を恐れず、自分を信じる

ここ最近、僕は湯浅作品を片っ端から視聴しているのだが、やはり湯浅作品には一貫したメッセージ性がある。それは「自分を信じる」ということだ。

『マインド・ゲーム』では「人生は自分のマインド次第」と言い、『四畳半神話大系』では「責任の所在は自分自身にある」と説かれている。他人や環境のせいではない。何事も全ては自分次第で、モヤモヤした人生を送っているのも自分のせいだ。

一方で本作に関しては「変化」もテーマになっている。本作の舞台となっている日無町では、2種類の人間がいた。変化を恐れる人と、変化を恐れない人。そして変化を恐れる人は人魚を忌避し、変化を恐れない人は人魚を受け入れようとした(または柔軟に対応しようとした)。

個人的に印象に残っているのは、町内放送のアナウンスを担当している伊佐木さん。日無町出身の彼女は、一度は東京でモデル業を務めていたところで帰郷。町内放送で毎朝アナウンスをこなしながら、自宅をカフェや宿泊ができるように改装し、将来的に観光業をスタートして、少しでも町をより良くできればと尽力したいそうだ。おそらく、一度東京に出ることで、外から日無町を見た結果、新たに挑戦しようと決心したのだと思う。

実際にカイは、山を越えた学校に進学する決断をし、遊歩も東京に行くことにしたようだ。

さいごに

最近は湯浅作品をガンガン視聴しているので、次は『きみと、波にのれたら』を鑑賞したいと思う。あと、時間があれば、湯浅政明さんのキャリアにおいて非常に重要な『クレしん』の映画を見てみようと思う。

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