今回は『北極百貨店のコンシェルジュさん(以下、北極百貨店)』について語っていく。
『北極百貨店』は漫画が原作で、これが2023年10月に劇場アニメとして公開される。
アニメ制作はProduction I.Gが担当した。
『北極百貨店』の評価
※ネタバレ注意!
作画 | 83点 |
世界観・設定 | 79点 |
ストーリー | 79点 |
演出 | 75点 |
キャラ | 76点 |
音楽 | 73点 |
作画
評価するのがめちゃむずい。というのも、たしかに作画はかなり良いし、線の動きもよくて、3DCGではできない演出が利用されているが、かといってアーティスティックというわけでもなく、大衆に寄せている感じもある。クオリティが高いしセンスもあるけど、目を惹きつけるようなものじゃない感じ。絵本みたいな感じ。なんというか、お金のかけ方がズレてる感じがする。
世界観・設定
環境破壊を斬新な切り口で表現している。この北極百貨店に訪れる客は全て動物で、中には絶滅した動物も存在する。そして百貨店は人間の欲望の塊とも言える場所だ。AppleもiPhone15の発表の際、レザーケースを全撤廃したことが記憶に新しい。リベラルな現代社会ではレザー製品は”乱獲”を象徴するような商品で、レザー製品といえば百貨店である。この切り口は新しいなぁ。
ストーリー
ヒューマンドラマ的なストーリーで、70分という短い尺の中に、いくつかのエピソードが組み合わさっている感じだ。全体的なストーリー構成は中々いい。飽きなかった。ヒューマンドラマ自体もかなり良く、僕の周囲にいた女性客も涙していた。心温まる物語だ。
一方で気になったのは、世界観の説明がかなり直接的だったこと。特に絶滅動物とか過剰消費のくだりは、もう少し遠回しで説明して欲しかったなぁ。でもそうすると、わからない人も出てきそうだから(特にSF慣れしていない女性は)難しいところである。
演出
先ほども述べた通り、動きがいい。特に主人公の秋乃の動きはめちゃくちゃ良かった。「すごくTRIGGERっぽいな」って思ってたけど、ちゃんとTRIGGERが制作に参加してた(笑)。やはり「線の動き」が手描きアニメの醍醐味であり、それがよく理解されている演出だと思う。個人的には、秋乃がフクロウ?の婦人をジッと見すぎて距離が近すぎてしまうときの演出が好き。
キャラ
擬人化されているとはいえ、動物を描くのは非常に難しいことである。線の量もめちゃくちゃ増えるし、今回の『北極百貨店』に関しては、エキストラ勢も動いていたから、相当のお金と労力がかかっていたのは間違いなさそう。
キャラに関しては、絶滅動物をフォーカスしていることもあり、それぞれ個性豊かだ。
音楽
非常に現代的なキャリアを描くtofubeatsが音楽を担当。北極百貨店のテーマソングが印象的だが、tofubeatsがサンプリングを活用した制作スタイルとのことなので、おそらく昭和の音楽に理解があるのだと思われる。納得。
『北極百貨店』の感想
※ネタバレ注意!
この手の作品が一番意味わからん
見出しにもある通り、”この手の作品”の扱いに困ることが多々ある。はたして、この『北極百貨店』という作品は一体誰をターゲットにしているのだろう。
僕が思うに、現在のアニメ映画は大きく2種類に分けられる気がする。1つめは、商業特化の大衆向けアニメだ。代表例が『鬼滅の刃』や新海誠作品だが、ここ最近は興収5億円から20億円らへんを狙う『青ブタ』や『五等分の花嫁』も商業特化だと言える。
一方、もう1つがマニア向けの挑戦的なアニメ映画だ。代表例で言えば、湯浅政明作品が挙げられる。最近だとスタジオコロリドの作品も該当するだろう。このような挑戦的なアニメ映画は、テレビではなく映画というメディアだからこその表現とビジネスを実践する。アニメーションの動きや世界観にこだわりがあることから、大衆には届きづらいが、アニメーションが大好きな一定のマニアに受け入れられている。
さて。『北極百貨店』なのだが、この作品はどちらにも該当しない。実のところ、アニメ映画ではこういう作品が結構ある。絶対に大衆でヒットするはずもなく、かつニッチ向けな要素も見当たらない。『北極百貨店』はアニメーションの動きがいいから遥かにマシだが、本当にアニメーションとして微妙と言わざるを得ないアニメ映画も一定数存在する。このような作品は、ビジネスとクリエイティブという2つの観点で、一体どこを目指しているのかが全く見えてこない。
『北極百貨店』は割とアーティスティックだし、ニッチ向けっぽい印象があるけど、その場合、何かしらのブランドが乗っかる必要がある。やっぱり湯浅政明作品は「湯浅監督だな」という印象を受けるから、一度ハマってしまえば、湯浅作品の過去作を一気見することだってあるだろう。これがニッチビジネスの基本中の基本だ。一方で『北極百貨店』の主人は、誰なのか? Production I.Gなのか。それとも監督の板津匡覧なのか。ここがハッキリしない。
これは本当に憶測に過ぎないが、「アニメを作ったもん勝ち」みたいな現状がアニメ業界にはあるのではなかろうか。プロデューサーやアニメーターが仕事するために、アニメを作る。これは至って当たり前のことだが、一方で、その先が多分ない。どのように届けて、どのように回収するかがない。アニメを作って、広告で多くの人に知ってもらえば、ひとまずアニメ制作会社と広告会社にお金は落ちるけど、でもそれだけ。ここに、業界全体としての無駄があるような気がしてならないのだ。
斬新な切り口と、線の使い方のセンス
話が脱線してしまった。『北極百貨店』の感想をあらためて、僕の中でまとめてみようと思う。
『北極百貨店』は全体的に見ていて楽しかった。秋乃のちょっとドジな感じが良かったし、その際の線の動かし方がめちゃくちゃ良い。言うまでもなく日本のアニメの最大の見せ所は”線”にある。この”線の表現”は、欧米が作る3DCGアニメやフラッシュアニメーションにはできない表現なのである。
そして『北極百貨店』の最大の特徴は、やはり斬新な切り口にある。”北極百貨店”というネーミングが全てを象徴しているように思うが、環境問題に対する切り口としては、抜群に面白い。『北極百貨店』を見て涙していた中年女性の方含めて、ルイヴィトンやCOACHを始めとしたレザー製品を手放そうではないか! いや、僕は決して動物愛護派というわけではないし、レザー製品などもあまり気にしていないが、少なくとも世界中のリベラル派の中では、それがメインストリームになっているのは事実だ。そういう意味でも、この『北極百貨店』はグローバルにも通用する作品だと思う。実際、本作はアヌシーの特別上映部門に選出されていたらしい。
また、これは意図的なのかはわからんが、結果として『北極百貨店』は映画好きの女性を惹きつけることになる。心温まるヒューマンドラマとコンシェルジュにフォーカスを当てたことで、中年の女性の心をグッと掴むことに成功している。実際、僕が映画館に訪れた際、観客の半分以上が30代から50代の女性だったと認識している。そしてこのような女性こそ”レザー製品”や”ハイブランド”に惑わされる層であり、メッセージを伝えるべきターゲットだ。
さいごに
僕はアニメ映画を年に30本以上しているわけで、当然のことながら、何度も映画の予告を視聴することになる。その中でも『北極百貨店』は、何度も予告を見ることになった作品の1つだ。
実のところ、僕の中で「予告の多い作品」は黄色信号である。制作費よりも広告費を優先している可能性が高いからだ。特に電通が製作委員会に参加している場合は、要注意。ちなみに2023年では『君たちはどう生きるか』と『BLUE GIANT』という名作アニメ映画が誕生したのだが、どちらも予告はほとんどなかった。
さて、黄色信号が光っていた『北極百貨店』だが、作品としては想像以上に面白かった。特に、斬新な切り口には驚いた。このように未知や新感覚を楽しめるのが、アニメ映画を追いかける醍醐味なんだとしみじみ思う。