『めくらやなぎと眠る女』感想:幻想が人を強くする

めくらやなぎと眠る女
星島てる
アニメ好きの20代。ライターで生活費を稼ぎながら、アニメ聖地の旅に出ている者です。アニメ作品の視聴数は600作品以上。

2024年8月13日、渋谷のユーロスペースで『めくらやなぎと眠る女』を鑑賞した。

本作は、村上春樹の短編集『めくらやなぎと眠る女』『象の消滅』『神の子どもたちはみな踊る』をベースに制作された劇場アニメーション作品だ。監督は、アメリカ出身のアニメ作家であるピエール・フォルデスが担当している。

目次

『めくらやなぎと眠る女』の評価

※ネタバレ注意!

作画90点
世界観・設定・企画91点
ストーリー88点
演出88点
キャラ87点
音楽85点
※個人的な評価です

作画

Wikipediaによれば、3Dモーションキャプチャで俳優のアクションを読み取り、それらを3Dモデル化した上で2Dアニメ作品として制作したようだ。たしかに動きは人間味があり、顔の形や表情もリアルである。

世界観・設定・企画

摩訶不思議な世界観としか言いようがない。僕は原作小説を読んだことがないけど、ストーリーが異なる複数の短編小説を繋ぎ合わせており、しかもファンタジーとリアリティが目まぐるしく変動する。

頭がこんがらがるけど、なんだか小説を読んでるみたいな体験で、実に心地よかった。もっと村上春樹作品のアニメ化が進んでほしい。

ストーリー

ストーリーは難解だが、メッセージ自体はシンプルに伝わってくる。村上春樹らしい比喩を交えたセリフも心地よかった。

形態としては群像劇だと思うけど、重なるようで重ならないから頭がこんがらがってくる。

演出

まず俳優の演技がいい。声優を起用していないので、リアリティがある。声質も渋い。セリフがスッと入ってくる。

映像としては、格段特別なおもしろさはないが、村上春樹作品をアニメにするなら、これがおおよそのベストだと思う。

キャラ

第一印象は「『ピンポン』の松本大洋っぽいキャラデザだなぁ」という感じ。カッコよくもないし可愛くもないが、それがいい。

おそらく本作のキャラに共感する人は、相当いると思う。僕も、とても考えさせられた。

音楽

申し訳ない。強烈な眠気に襲われたがために、劇伴をちゃんと聞けなかった。映画館の音響がよかったことと、基本的にバンドサウンド及びストリングスを用いたシンプルなものであったことは覚えている。

『めくらやなぎと眠る女』の感想

※ネタバレ注意!

睡眠不足で鑑賞したことを後悔

僕は業務委託で渋谷にある「とある企業」で働いていて、7月末から8月上旬にかけて、仕事に追われる生活を送っていた。本作を鑑賞する前日は徹夜で朝6時まで仕事して、当日の睡眠時間も3時間程度で、そこから10時間ほど仕事した。

ということで、これまで生きてきた中でトップクラスに睡眠不足の状態で本作を視聴することになり、案の定、強烈な睡魔に襲われた。

だから、チャプター2までの内容はほとんど覚えていない。なんだか現代人(というか東京人)のネガティブな部分を皮肉っていたのは、なんとか覚えているが。

んで、チャプター3から映像やストーリーの刺激が強くなったので、そこからはある程度、作品の中に入っていけたと思う。

むしろ、夢と現実が激しく交錯していたから、それはそれでいい視聴体験だったかもしれない。カエルくんの悪夢にうなされていた片桐のように。

人間に中身ってあるのかな?

本作のテーマはいくつかあると思うが、全体を通して一貫していたのは「中身」だと思う。

はたして人間に「中身」は存在するのだろうか。それは、いわゆる「愛」とか「魂」とかなのだろうが、目に見えるものでもない。だから、確かめる術はない。

ただ一つ言えるのは、自分から逃げることはできないということだ。どんな場所に行ったとしても、自分という存在がある限り、自分から逃げることはできない。まるで、ずっとついてくる影のように。

「中身」が存在するかどうかはわからないが、少なくとも「自分」という外面は存在するのだから、その外面を受け入れる必要はある。

では、どのようにすれば、自分を受け入れられるようになるのだろうか。

ファンタジーが人を強くする

本作の主人公の1人である片桐は、出世には縁がない行員だったが、ある日、目の前に大きなカエルが現れてから、色々なことが上手くいくようになり、最終的に課長に昇進した。

一方で、もう1人の主人公である小村は、妻であるキョウコが家出し、それにあわせてリストラの危機に晒されてしまう。1週間の休暇を取得した小村は、さいごに少女の幻想を見て、それをきっかけに仕事を辞める決断ができた。

「我思う故に我あり」はデカルトの言葉だが、この「思う」というのは人間の「中」にしか存在しないものである。自分の可能性を勝手に制限するのは、自分の「中」にある「何か」なのは間違いない。

そう考えれば、やはり人間には「中身」が存在するように思う。それは、目に見えることがないことから「幻想」と呼ばれるが、正しい使い方ができれば、現実をより良く生きることに繋がるのではないかと思う。

さいごに

恥ずかしながら、僕は村上春樹の本をほとんど読んだことがない。本作をきっかけに、そろそろ村上作品を手に取ってみようかと思う。

それと、村上作品のアニメ化を切に願う。特にシャフトとかは相性抜群だと思うけど、どうだろうか?

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