今回は『推しの子(以下、推しの子1期)』について語っていく。
『推しの子』は赤坂アカと横槍メンゴによる漫画(週刊ヤングジャンプ)が原作。そして2023年春クールでTVアニメが放送された。
アニメ制作は動画工房が担当している。
『推しの子1期』の評価
※ネタバレ注意!
作画 | 85点 |
世界観・設定 | 80点 |
ストーリー | 85点 |
演出 | 83点 |
キャラ | 85点 |
音楽 | 90点 |
作画
流石に動画工房ということで、作画のクオリティは高い。動画工房の強みとも言える「萌えキャラのかわいらしい動き」が活用されているわけではないけれど、これまでの動画工房のノウハウが凝縮されている感じがある。アイドルパートの動きはもちろんのこと、日常パートの細かい動きがいいし、何と言ってもギャグシーンの絶妙な間の使い方が、まさに動画工房らしい。
世界観・設定
“芸能界の裏事情”をテーマにした世界観となっている。とはいえ、芸能界の裏事情を徹底的に深掘りしているわけではなく、あくまでも”芸能界に対するファンの印象”の認識のズレみたいなものが、世界観の主軸にある気がする。つまるところ『推しの子』を視聴するようなオタク気質な人は、芸能人に対して厳しいコメントを平気な顔してSNS上で発信するわけで、でもその裏側で芸能人はちゃんと努力してるんだよ、みたいな感じのメッセージ性がある。ということで、アニヲタ、ドルヲタ含め、芸能界が提供するコンテンツを楽しむ全ての人が『推しの子1期』のメインターゲットになっている。
ストーリー
『週刊ヤングジャンプ』の作品ということで、物語の展開のテンポ感がかなり良い。それに加えて、動画工房の計算がストーリー構成に組み込まれているから、視聴者の心をガッチリ掴む展開になっている。また、初回を90分に設定したのは、まあ正解だろう。ここで視聴者の心を一気に掴んだ。
演出
コメディ的な演出とサスペンス的な演出のバランスがいい。コメディ的な演出は、動画工房が得意とするところだから、まあ特に心配をしていなかった。一方で、視聴者の予想を良い意味で裏切ったのがサスペンス的な演出だった。「動画工房って、こういうのもできるんだ……」って感じである。これまで、動画工房は萌え豚向けのややニッチな漫画を映像化することが多かったけれど、『推しの子』のような作品もちゃんと映像化できるということであれば、一気に幅が広がってくると感じる。
キャラ
原作漫画の特徴的なキャラデザをしっかりアニメに落とし込んでいるのは、さすが動画工房。それでいて、声優のキャスティングもいいところを突いてきた感じがする。
音楽
『推しの子』といえば、やはりOPの『アイドル』だ。『アイドル』は世界的に注目されていて、実際、中毒性が凄まじく高い。一方で意外にも、映像は思ってたよりも低カロリーだった。
また、挿入歌の『サインはB』もかなり中毒性が高い。ひとまず楽曲に関しては好印象が持てる。
『推しの子』の感想
※ネタバレ注意!
刺激的でブラックで、それが現代的
『推しの子』は、全てにおいて刺激的だと思う。
まず序盤の段階で、最重要人物である星野アイが、かなり衝撃的な展開で死亡。それから、主人公のアクアが「星野アイ殺害の真相を探るため」に、芸能界に潜り込むという復讐劇的なストーリーが描かれる。その際、芸能界の光と闇も適度に描かれ、それも中々刺激的。そして何と言っても『推しの子』のOP『アイドル』が極めて刺激的だった。
これに対する僕の印象は「これぐらい刺激を強くしないと現代人が耐えられなくなってるんだな」というものである。ここ最近、深夜アニメが注目されるようになっている背景として”刺激”が挙げられる。日中放送されるアニメに比べて、深夜アニメはとにかく刺激が強い。戦闘シーンは割とグロいし、適度に性欲を刺激するシーンがある。『鬼滅の刃』は、小学生の間で絶大な人気コンテンツになっているけれど、よくよく考えてみると『鬼滅の刃』はかなりグロい。これまでの感覚だと『鬼滅の刃』を見ていいのは中学生以上だったのだけれど、今となっては小学生も、平気な顔して『鬼滅の刃』のグロテスクシーンを視聴する。
もうアニメファンのほとんどは、それなりに刺激が強いアニメでないと見てくれないのである。それはグロだったりエロだったり、はたまた感動だったりするのだけれど、どちらにせよ、感情を強く揺さぶる作品でないと、視聴してくれないのである。
その点で言えば『推しの子』は、視聴者のツボをしっかり刺激できる作品になっている。ストーリーは全体的にグロいし、コメディもかなりブラックだ。僕は個人的に「深夜アニメの刺激が強くなりすぎているのはちょっと危ない」と考えているのだけれど、実のところ『推しの子』はそれをしっかり皮肉っている作品になっていると感じる。
『推しの子』のA面は”刺激”で、B面は”刺激がないと生きていけない現代人に対する皮肉”だと、僕は解釈している。一般人はアニメ、アイドル、ドラマ、芸能人を当たり前のように消費し、ときには、まるでモノのような扱いをする。それこそ『推しの子』の視聴者層が、それに当てはまる。んで、それらの視聴者に対する皮肉が『推しの子』にしっかりと込められている。
これまでもそういった作品はたくさんあったけれど、ここまで大衆的かつ多くのリソースが投下された作品は『推しの子』以外に存在しないだろう。だからこそ『推しの子』は、社会現象に近い規模までの人気を獲得することができたのである。あとは「アクアの復讐劇」がどのような結末を迎えるのか。これに尽きると思う。
『推しの子』は一歩引いて見るのが一番美味しい
ということで結局のところ『推しの子』は「一歩引いて視聴する」が一番美味しいところなのではないかと思う。
『推しの子』がどこに向かっていくのか。また『推しの子』を視聴するような人が、どこに向かっていくのかを楽しむのが、一番美味しいと思う。良くも悪くも『推しの子』は現代アニメの権化とも言える作品だと思う。プロの仕事としては、最高の出来だ。完全に「体制側の作品」だと思う。そして視聴者も『推しの子』(と星野アイとYOASOBI)の虜になっている。
だが一方で「体制側の作品」にハマりすぎるのは、危険だと思う。なぜならある意味で、極めて大衆的だからだ。もう深夜アニメは、サブカルチャーではなく、大衆カルチャーになろうとしている。刺激的な深夜アニメが、ポピュリズムを獲得し、表舞台に姿を現すようになっている。このムーブメントを作り出したのは『鬼滅の刃』だけれど、このムーブメントの権化とも言えるのが『推しの子』である。
要するにSNSと同じ。SNSも、ドーパミンをドバドバ放出させる中毒性の高いサービスだ。だから、みんなSNSを使う。今となっては、ネットに疎い40代以上の人々もSNSにゾッコンだ。もうSNSは、圧倒的なマジョリティなのである。つまり、SNSを使うことや『推しの子』にハマることは、もう個性に繋がらないのである。『推しの子』にハマって「自分はアニメオタクです」と言っても、それは全くもってアイデンティティに繋がらない。
YOASOBIが提供する楽曲も、すっかり刺激的なものになっていて、極めて大衆的である。YOASOBIは、ボカロ曲のエッセンスをポップスに持ち込んだアーティストだと思うけれど、もうすっかり大人気アーティストになってしまった。YOASOBIの『アイドル』も、ポップスアーティストとして素晴らしい仕事だったと思う。クリエイティブでありながら、大衆向けでもある刺激的なナンバーだ。
はたして『推しの子』とYOASOBIと、そしてそのファンの方々は、一体どこに向かうのだろうか。『推しの子』がどこに終着点を設定するのかが、方向性を左右するんじゃないかなと個人的には思う。なぜなら『推しの子』を手がけるクリエイターは、超一流のプロだからだ。ファンや視聴者が求めるものを完璧に作り上げることができるわけだから、それはつまり、ファンがどこに向かうのか、という方向性を、作品に落とし込めるということでもある。
All the world’s a stage, And all the men and women merely players.
(この世界は舞台、人はみな役者。)
『お気に召すまま』より引用
『推しの子』が作り出した舞台と、その舞台に乗せられたオタクたちが、物語という波に乗ってどこに向かっていくのか。これを楽しむには、一歩引いて俯瞰することに尽きる。
さいごに
『推しの子』は、TVアニメ2期の制作が既に決定済みである。というか多分、最後までやるつもりだと思う。
アニメファンの僕としては、動画工房がちゃんと製作委員会に参加しているのが嬉しい。これで『推しの子』のロイヤリティが、多少は動画工房に入ってくる。
ということで『推しの子』にはガンガンお金を稼いでもらいたいと思う。そして『推しの子』が作り出している皮肉が、一体どこに向かっていくのか。楽しみにしたいと思う。