今回は『夜のクラゲは泳げない(以下、ヨルクラ)』について語っていく。
『ヨルクラ』は2024年春クールに放送されたアニメオリジナル作品で、アニメ制作会社は動画工房、脚本を『弱キャラ友崎くん』の屋久ユウキが担当した。
『ヨルクラ』の評価
※ネタバレ注意!
作画 | 87点 |
世界観・設定・企画 | 82点 |
ストーリー | 82点 |
演出 | 83点 |
キャラ | 80点 |
音楽 | 85点 |
作画
全体的に作画の品質は高く、なんというか「プロの技」を感じさせられた。『ぼっち・ざ・ろっく!』ほど過激ではなく、視聴者の集中力を遮断しない形で作画を崩し、ときには真っ向勝負の作画を仕掛けてくることもある。表情も豊かだった。
世界観・設定・企画
夜の渋谷が主な舞台になっている。夜の渋谷と言えば、多くの若者の夢(と欲望)が集まる街だ。『ヨルクラ』のテーマにぴったりではある。
『弱キャラ友崎くん』の屋久ユウキが脚本を担当していることもあり、自分を信じられるかどうか、みたいなメッセージ性が伝わってくる。
ストーリー
個人的に、ラノベ作家が脚本を担当するアニメは、ストーリー展開が何とも言えない感じになることが多いけど、『ヨルクラ』に関しては最初から最後まで安定して面白かったと思う。ただし、クライマックスは無難というか、本質的な問題が解決されたかは「?」だった。
演出
演出のクオリティーは超高い。これは動画工房の影響が大きいと思うけど、OP・本編・EDと全てにおいてアイデアが満載で、特にキャラクターの表情の作り方は、現代アニメにおける1つのアンサーかもしれない。派手さはないんだけど、これぐらいがちょうどいい。
キャラ
キャラクターは、現代ラノベ的なバランスの良さを感じさせる。
また、『ヨルクラ』のキャラクターにおける最大の特徴は「髪」だと思っていて、一般的にアニメキャラの髪色が変化することはない(ピンク色だとしても)。だが『ヨルクラ』に関しては、髪を染めていることを明確に描写している。「自分を変えたい!」という意思を感じさせる。
音楽
OPの『イロドリ』は歌詞とメロディー含めてめちゃくちゃいい感じ。テンポ感もちょうどいい。90秒の中で色々なアイデアが詰まっていたと思う。特に最後とか。
EDの『1日は25時間。』も相当いい。
それと挿入歌もたくさんあって、それぞれで親和性が高い上に、特別ED映像も豊富だから、飽きなかった。
『ヨルクラ』の感想
※ネタバレ注意!
あと5年早ければ……
僕は夜蔵を初めて見たとき、『よりもい』と同じような雰囲気を感じた。夜の出だしとよりも、いの出だしはとても似ていると思う。ある1人の女の子が、普通の生活を送っていた女の子を非日常へ引っ張り出すのだ。
そして、どちらの作品も、同調圧力との戦いは描いている。「普通」が持つエネルギーは凄まじく、これに抗えるかどうかが、人生を左右する。『よりもい』の場合は「南極」だし、『ヨルクラ』の場合は「バーチャルユニット」で、どちらも普通のJKがやらない領域だ。
このような「好きなことを仕事にする」みたいな言説は、YouTuberという職種が当たり前になり始める2010年代後半に広まったものである。そしてこのタイミングで『よりもい』と『弱キャラ友崎くん』は公開された。どちらも時代より「少しだけ」早く、そのために多くのファンが、この2つの作品をバイブル的に扱うようになった。
そう考えると『ヨルクラ』は、正直遅かったと思う。今は2024年で、もう既にYouTuberは当たり前だ。『ヨルクラ』が扱っているテーマであるバーチャルユニットだが、既にYOASOBIやAdoが大衆音楽のシーンに乗っかっていることから、特別早いわけではない。
少なくとも『ヨルクラ』のタイムリミットは、新型コロナの自粛の影響が残っていた2022年ごろだと思うし、もっといいのはコロナ前である2019年ごろだろう。もし5年早ければ『ヨルクラ』はもっと凄いアニメになっていたかもしれない。
『夜のクラゲは泳げない』の意味
アイデンティティに溢れる街、渋谷。
夜の渋谷を、プカプカと漂っては何者にもなれずにいる少女は、
ひとつの特別な出会いをきっかけに変わり始める。
『夜のクラゲは泳げない』の公式サイトより引用
夜のクラゲは、1人では泳げない。クラゲという生き物は、水の流れに任せて泳ぐ生き物である、また、クラゲは目が見えないが、光だけは感知することができ、その光情報を元に方向転換することができる。
どうやら『ヨルクラ』は、それをそのままそっくり作品の人間ドラマに落とし込んだらしい。
主人公の光月まひるは、夢破れた普通の女の子で、まさに渋谷の夜をぷかぷかと浮かぶクラゲのようだ。だが、山ノ内花音というキラキラ輝いている(ように見える)女の子との出会いをきっかけに、少しずつ自分の人生が示す道が見えてくるようになる。
実際のところは、花音も「夜のクラゲ」で、盛大に迷いまくることになるのだが、最終的にJELEEの女の子4人は、それぞれ自分が目指すべき光を見つけることができ、これでハッピーエンドという感じで終わる。
個人的に、このメッセージ性は好かない。『天元突破グレンラガン』のシモンのように、光が見えない闇の中で、コツコツと掘り進められる人間こそが、突き抜けられると僕は考える。
だが実際のところ『ヨルクラ』に登場する女の子たちは、突き抜けたいわけではない。本当に突き抜けているのは、5万人の観客を前に自分がゼロから育てたアイドルを歌わせたい早川雪音や、自称・銀河系最強アイドルのみー子ぐらいではないだろうか。
実際は、まひるや花音みたいな若干中途半端な女の子がほとんどなわけで、そういった人たちには、やはり「光」が必要なのだと思う。
龍ヶ崎ノクスのように、それはたとえディスプレイの光だったとしても、光は光であり、それが自分が好きなことをやり切れる意味になるのだ。少なくとも、まだまだ迷いの多い女子高生には、どんな種類であれ「光」は必要なのだと思う。そしていつの日か、雪音やみー子のように「光」がなくても迷わないカッコいい大人になるのだと思うのだ。
さいごに
しっかり綺麗に終わったし、ラノベ作家が脚本を担当する系の作品って、大抵の場合、続編をやらない。だから続編制作には過度に期待しない方がいいと思う。
それと『ヨルクラ』は渋谷を中心にアニメ聖地がありそうなので、ここもしっかり聖地巡礼したいなぁと思う。