【あの夏で待ってる感想】”宇宙人”がノスタルジーを生み出した

あの夏で待ってる

今回は『あの夏で待ってる』について語っていく。

『あの夏で待ってる』は、J.C.STAFFによるアニメオリジナル作品で、2012年冬クールに放送された。

監督は『あの花』で有名な長井龍雪が担当し、アニメ制作はJ.C.STAFFが担当している。

目次

『あの夏で待ってる』の評価

※ネタバレ注意!

作画82点
世界観・設定・企画80点
ストーリー80点
演出83点
キャラ80点
音楽85点
※個人的な評価です

作画

J.C.STAFFというアニメ制作会社は、作品によって質が大きく変動する。『あの夏で待ってる』に関して言えば、J.C.STAFF作品の中でも、品質はかなり高い方だ。ちゃんとリソースが投下されているのがわかる。また、長井龍雪が監督を担当していることもあって、動きや表情の動かし方がめちゃくちゃ良かった。OPのAメロとかBメロの映像は、そこまでカロリーが高くないにもかかわらず、構図でおしゃれに魅せることに成功している。

世界観・設定・企画

夏特有のノスタルジックな雰囲気を出しながら、ちゃんとラブコメをやってる感じ。ラブコメ作品としての完成度は高く、SF要素の使い方も良かった。長井龍雪の作風にピッタリだ。

また、舞台となっている長野県小諸市はフィルムコミッションがちゃんとしていて、小諸市のモデル場がちゃんと再現されている。実際、『あの夏で待ってる』の聖地巡礼は今でも人気だ。

ストーリー

シナリオの完成度はかなり高い。が、全体のストーリー構成については、前半がやや冗長的だったように感じられる。前段階としての日常パートが長く感じられた。個人的に僕は好きだったけれど、早い段階で離脱する人が多そうなストーリー構成だと思う。

メッセージ性は『あの花』に近いものがあったけれど、比較的コメディ色というか、ポジティブな雰囲気が強い。個人的には『あの夏で待ってる』のストーリーの方が好み。

演出

やはりキャラクターの表情の変化や、緩急の付け方が卓越している。これはシンプルに監督の長井龍雪と、キャラクターデザインの田中将賀による影響だと思われる。

特に緩急の付け方は、ほかのアニメ作品には中々見られないレベルだったと思う。この点だけだったら、もしかしたら京アニを超えてるかもしれないと、素人ばりに意見してみる。

キャラ

男2人・女4人のキャラクター構成で、1クールでラブコメをやるにはちょうどいい人数なのではないかと思う。1人1人個性がしっかりしていて、誰かしらには感情移入できるのではないかと思う。でも多分、キャラデザ的に柑菜が圧倒的人気だろうな。

音楽

『あの夏で待ってる』は、音楽がとても良い。OP『sign』は、KOTOKOが作詞を担当し、作曲はKeyの折戸伸治、編曲はI’veの高橋一矢が担当ということで、ギャルゲーを彷彿とさせる楽曲に仕上がった。見ていて非常に気持ちいい映像もあって、非常に爽やかなアニソンに仕上がっている。

ED『ビードロ模様』は、やなぎなぎ名義の初めてのTVアニメタイアップ曲で、こちらも中々にいい曲に仕上がっている。EDの入り方が素晴らしいこともあり、こちらも印象度はかなり高い。

『あの夏で待ってる』の感想

※ネタバレ注意!

『あの花』より重くない、ちょうどいい感じのラブコメディ

長井龍雪監督の前作は『あの花』なのだが、今回の『あの夏で待ってる』は、まあ完全に『あの花』を意識した作品に仕上がっている。アニメ制作会社が異なり、脚本で岡田麿里を起用していない一方で、『あの花』でも総作画監督を務めた田中将賀とのタッグは、本作でも継続されている。ということで、絵のタッチは『あの花』にとてもよく似ている。

その上、作品の舞台は”田舎町の夏”で、ジャンルはラブコメ。これも『あの花』とほぼ同じだ。

とはいえ、もちろん完全に同じ作品ではない。『あの花』のメインヒロインが幽霊だったのに対し、『あの夏で待ってる』のメインヒロインは宇宙人ときた。

また、岡田麿里が脚本を担当していないので、全体的に軽い印象を受ける。Wikipediaによると、そもそも今回の企画は「脚本家・黒田洋介による青春モノで、キャラデザは羽音たらく」というところでスタートしたそうだけれど、蓋を開けてみれば、長井龍雪と田中将賀のパワーが強かったイメージがある。それぐらい『あの夏で待ってる』のストーリーは、『あの花』に比べれば普通だった。

でも、それがいいのである。岡田麿里は恋愛の結構辛い部分をリアルに描く傾向があるけれど、個人的には、それが”重い”と感じた。『あの夏で待ってる』は『あの花』に比べると、全体的にコメディのタッチが強く、終始、前向きな雰囲気が続いていたように思う。というかそもそも『あの花』はラブコメではなく、恋愛ロマンス作品ということなのだろう。

ということもあり、個人的には『あの夏で待ってる』が醸し出す雰囲気の方が好きだ。一応、メッセージ性については『あの花』も『あの夏で待ってる』も”自分に正直になる”とか”自分が思ったことはちゃんと口に出すべき”という点で共通している印象がある。でも、それも個人的には『あの夏で待ってる』の方が、エモく感じられた。

イチカの役割

『あの夏で待ってる』において最も異質だったのがSF要素である。正直『あの夏で待ってる』は、SF要素が無くても、十分に完成された作品に仕上がっていたのではないかと思う。それぐらいシナリオの完成度が高かった。

『あの夏で待ってる』の超重要人物であるイチカのストーリー上の役割は”変化”だ。おそらく、イチカが地球に降り立っていなかったら、海人や柑菜たちは、誰も傷つくことなく、平和的な高校生活を送れていたのかもしれない。同時に、気持ちを伝え切ることができずに、後悔していたことだろう。

だがイチカが登場し、同時に檸檬先輩という強力な着火剤が登場したことで、海人たちのひと夏が劇的なものになったわけだ。

でも、イチカの役割が”変化”なのだとしたら、わざわざ宇宙人にする必要はない気がする。それこそ、作中でイチカがついた嘘である”留学生”でもいい。田舎町に都会人や外国人が引っ越してくる事で物語が展開される作品は、これまでにいっぱいあったわけで、だからわざわざ宇宙人にする必要はない。

では、なぜ宇宙人なのか。その理由は「ひと夏の思い出をノスタルジックに演出できるから」に尽きる。

もしイチカが都会人や留学生だったとして、はたして、あの感動的な別れを演出できるだろうか。それは無理である。なぜなら都会や海外ぐらいなら、いつだって会いに行けるからだ。

「もう永遠に会えない」という状況を作り出すことができるのは、宇宙人を始めとした”SF要素”か、純粋な”死”のみである。そして”死”は、既に『あの花』でやってるし、『AIR』も死を以ってしてノスタルジーを演出した作品だ。

それに宇宙人であれば「もう永遠に会えない”かもしれない”」という付加効果をつけることもできる。これにより、”死”に比べればポジティブで前向きな雰囲気を作ることが可能だと。

『あの夏で待ってる』のキャッチコピーは「その夏の思い出が、僕たちの永遠になる」である。『あの夏で待ってる』という作品は、”宇宙人”であるイチカを使うことで”永遠の別れ”を演出し、それにあわせて、物体としても記録できる「8mmフィルムの映画制作」を物語の基盤に置くことで、”永遠に残る思い出”を表現することができたのだ。

このような工夫により『あの花』や『AIR』とはまた異なる”ノスタルジックな夏”を演出することに成功したのが『あの夏で待ってる』なのだ。そして『あの夏で待ってる』が醸し出したノスタルジーな雰囲気にヤラれて、人々はアニメロスになり、そのせいでいつもより多くグッズを購入する。

……と考えると、『あの夏で待ってる』は企画が非常に優れていると感じる。

さいごに

とりあえず長野県小諸市には絶対に訪れようと思う。都心からアクセスしやすいし、個人的に長野には定期的に行くことがあるから、そのついでにいける。

『あの夏で待ってる』だから、ぜひとも”夏”に行きたいと思う。繁忙期は避けたいから7月か9月かな。

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