今回は『魔女の宅急便』について語っていく。
『魔女の宅急便』は角野栄子による児童文学作品が原作だ。これが1989年にアニメーション映画として公開される。
アニメ制作はスタジオジブリ、監督は宮崎駿が担当した。
『魔女の宅急便』の評価
※ネタバレ注意!
作画 | 93点 |
世界観・設定 | 92点 |
ストーリー | 92点 |
演出 | 92点 |
キャラ | 90点 |
音楽 | 93点 |
作画
『となりのトトロ』と同様に、本作品も線に茶カーボンが用いられている。おかげさまで非常に柔らかい印象になっている。また『魔女の宅急便』では”風”が作画のテーマになっているように思える。風を切って空を飛ぶキキがしっかり描かれているし、風で服がなびくのも『魔女の宅急便』から始まったものだと言われている。個人的に、数多くのジブリ作品の中で、見ていて一番爽やかな気持ちになれる作画だった。
世界観・設定
“ヨーロッパのどこかの国にある海沿いの都会”が舞台で、非常におしゃれ。全体的に温かい設定になっているし、魔女と言っても、全然恐ろしいものではなく、ジャンルとしてはファンタジー作品というより、お仕事アニメやヒューマンドラマの要素が強い。
メッセージ性も大衆的でありながら深みもあって「たしかにこれは売れるなぁ」という感じである。
ストーリー
ストーリー進行もいい感じ。”興行収入”という点で見れば、終わり方が難しい作品だと思うけれど、終盤にアクションシーンを挿入して、一応大衆的なものに持っていけてるし、キキの魔女生活の始まりも感じられる。
演出
やっぱり全体的に見ていて気持ちいい。色彩が爽やかだし、演出も爽やか。そもそも風というのは、目に見えないものであって、それをアニメーションで表現することが、いかに難しいかがわかる。当時のセルアニメって、空を飛ぶシーンにおいて、背景とキャラクターのギャップが生じがちなのだけれど『魔女の宅急便』でそれは全く感じられなかった。ここの調整は、非常に強いこだわりがあったのではないかと思う。
キャラ
“思春期の少女”をキキを通じて見事に表現しているように思う。とにかくキキがいいキャラをしていて、声優の高山みなみの声質も、かなり効いていると思う。
そして全体的にキャラが温かい。あの嫌味ったらしい先輩魔女でさえ、ちょっと温かい一面があるのである。グーチョキパン店の夫婦2人はもちろんのこと、チョコレートケーキを焼いてくれたおばさまも素晴らしいし、何よりもトンボがめちゃくちゃいい男の子をしている。
音楽
ユーミンの『ルージュの伝言』と『やさしさに包まれたなら』が主題歌。これはあまりにも強すぎる。「やさしさに包まれたなら きっと 目にうつる全てのことは メッセージ」という歌詞が印象的。
劇伴の久石譲もいい仕事をしていて、記憶に残るメロディーが数多くあった。
『魔女の宅急便』の感想
※ネタバレ注意!
『魔女の宅急便』はお仕事アニメ
僕は『紅の豚』がかなり好きなのだけれど、それと同等以上に『魔女の宅急便』も好きだ。それで、この2作品の共通点を考えたときに「ヨーロッパが舞台、海沿い、空を飛ぶ」などが挙げられるのだけれど、何よりも、この2作品はお仕事アニメなのである。
ジブリのお仕事アニメと言えば『千と千尋の神隠し』が挙げられるが、この作品のメインテーマは”仕事”とは別のところにある気がする。一方の『魔女の宅急便』のメインになるところは、やはり”魔女の宅急便”という”お仕事”であり、それが僕含め多くの人にウケたのではないかと思う。
魔法の力の消失と奪還
ここからは私見たっぷりに『魔女の宅急便』における魔法を解説していこうと思う。
まず『魔女の宅急便』における魔法は、特別な人間の持つ最強の力とか、そんな大層なものとしては描かれておらず、あくまでも1つのスキル・才能として扱われている。そして、1歩踏み込むのであれば、魔法は科学と相反する概念であり、科学が急激に進化していく近代社会において、魔法は廃れる運命にあると言える。実際、キキの「空を飛ぶ魔法」は、航空機(とドローン)が普及すれば、一気に価値を消失する。
まあとにかく『魔女の宅急便』における魔法は、仕事や生活のための1つの道具に過ぎないということだ。
そんな魔法なのだが『魔女の宅急便』において、キキは魔法を消失するスランプに陥る。
キキがスランプに陥った原因は、解釈によって複数考えられる。まず、キキがスランプに陥ったのは航空船を見たときであり、そこで無意識的に自身の魔法に対する自信を失った可能性がある。また、それと同じくして、華やかな女の子に囲まれるトンボを見て、キキがネガティブな感情に染まってしまった可能性も考えられる。思えば物語当初で、キキの母親は、キキに対して「そして笑顔を忘れずにね」と言っていた。もしかしたら感情とか心とかの内面的な要素が、魔法に影響を与えるのかもしれない。
まあキキがスランプに陥った原因は、割とどうでもよくて、問題はどうやってスランプを脱するか、である。
スランプの脱し方では、絵描きのウルスラがキキをサポートした。
キキ「私、前は何も考えなくても飛べたの。でも、今はどうやって飛べたのか、わからなくなっちゃった」
ウルスラ「そういう時はジタバタするしかないよ。描いて、描いて、描きまくる」
キキ「でも、やっぱり飛べなかったら?」
ウルスラ「描くのをやめる。散歩したり、景色を見たり、昼寝したり、何もしない。そのうちに急に描きたくなるんだよ」
『魔女の宅急便』より引用
ウルスラのセリフは、宮崎駿なりのスランプの脱し方を表しているように思える。そして、このセリフには僕も同感で、とにかくやりまくって、それでもダメだったらやりたくなるまで違うことをするのがいいと思う。
さて、結局キキはどのようにして空を飛べるだけの魔力を取り戻すことができたのか。これも解釈次第だが、大まかに2つある。1つめは老婦人が粋なプレゼントとしてチョコレートケーキを用意してくれたこと。もう1つは「トンボを助けたい」という気持ちだ。
そして個人的に、エンディングでキキが、清掃員からパクったブラシで宅急便の仕事をしているシーンが印象的だった。お母さんからもらったホウキではなく、街の人からパクったブラシで仕事する。これは「キキがようやく自立し始めた」というメッセージだと思う。
さいごに
個人的に『魔女の宅急便』は、ジブリ作品の中でもかなり好きな部類に入りそうだ。実は『魔女の宅急便』に関しては、子どもの頃に一切見たことがなかった。社会人になって、初めて視聴したのである。だから『魔女の宅急便』をお仕事アニメとして見ることができた。
それに実際のところ『魔女の宅急便』は、ジブリ作品の中でも極めて温かい作品のように思えるし、本当の意味で老若男女が楽しめる作品に仕上がっている。